悲終伝:西尾維新 (講談社ノベルス)


 ブログというものを開いていると、お仕事の依頼が増えるらしいですよ。という甘い言葉――甘言にだまくらかされて、とりあえずブログを開設してみたものの、しかしいかんせん、発信源ならぬ発言源としてTwitterを持っているため、利用することがなかった。ただひたすら存在するだけだ。

 しかしどうだろう。存在しているだけというのは、存在していないとほぼ同義であることは間違いない。行動することで初めて存在は認知されるのである。なので行動してみようと思う。なにをするのかと言えば、本を読んだ感想である。小説家らしいでしょ?


 今回読了を書くのはこの小説だ。記念すべき第一回の読了でどうして最終巻を出すんだよと言われそうだが、まあ気にするな。丁度読み終わったんだ。


 伝説シリーズについて知らない人も多いだろうから、一応解説をしておこう。

 悲鳴から始まる英雄譚。

 西尾維新最長巨編。

 お前辞書みたいな本を書きたいって言ってたけど本当に書きやがったな。


 内容説明するとざっくりとこんな感じである。


 日本時間、二〇一二年一〇月二五日。

 午前七時三十二分。

 その悲鳴が聞こえたと記録されている時間だ。

 悲鳴は二十三秒響き渡った。

 名状しがたく、形容しがたい悲鳴。

 その悲鳴は全人類が聞いたとされている――聞いたんだろうと思う。

 なにせ、全人類の三分の一がその悲鳴の直後、絶命してしまったのだから。

 確認のしようがない。死人に口はないのだから。


 そんな事件について、周りの人たちが軽く考えていることに違和感を覚えている空々空(そらからくう)少年がカウンセリングを受けているところから、英雄譚は始まる。カウンセリングを受ける英雄。なんとも情けない。ちなみに空伏は情けなく、愚かしい者ほど愛おしく大好きだ。

 しかし、空々空というネーミング。西尾維新の色々あるネーミングの中で一位二位を争う名前ではないだろうか。と私は思うのだが、皆はどうだろう。

 空々空。串中弔士。闇口濡衣がベストスリーだと思っている。水倉りすかと櫃内様刻も捨てがたい。異論は認める。むしろ言ってくれ。共に語ろうではないか。何年でも付き合おう。


 そんな本気はさておき。

 周りの皆が悲しんでいない。たかだか全人口の三分の一が死んだ『だけ』の現象だと思っていることに少々困っている空々くんであるが、それは結局のところ『どう反応するのが正しいのか分からない』からである。そう、彼は――感情というものを持っていないのである。

 そして、感情を持っていないからこそ――彼は、英雄に選ばれた。祀り上げられた。

 『大いなる悲鳴』を行使して人類の三分の一を殺した首謀者――首謀星。

 『人類を滅ぼそうとする悪しき地球』と戦うため。

 『地球撲滅軍』に入隊する羽目になる。


 地球が悲鳴をあげる? 地球に口なんてあったのか? へそがあるのは知ってるけど。

 地球と戦う? 星と? どうやって?

 言葉の意味を理解することは簡単だけど、その言葉がどういうことであるかは、理解しづらいだろう。地球と言えば、僕らの足元である。僕らの母なる星である。それと戦う?

 ここで足を止めてはいけない。なにせこの小説。意外とこういう『概念的』なことが多いのである。人類と地球が戦争をしている。地球は人類の中に『地球陣』という、無自覚の尖兵を送り込んでいる。とか。まあまあ多い。言葉は言葉通りに受け取って、そういうものだと受け取るべきだと読み終わった人間はおススメしておく。


 まあ、そういうわけで。

 感情がない故に――感動出来ないからこそ、英雄に選ばれた十三歳の少年、空々空の英雄譚が本作、伝説シリーズである。

 章分けすると『地球撲滅軍編』『四国編』『世界編』『宇宙編』となる。最後は宇宙に飛び出す。基本だね!


 この小説のどこが面白いのかを説明すると、大体が『地球VS人類』ではなく『人類の内輪揉め』であるところである。いや、本当に、内輪もめしかしない。内輪で揉めて、内輪で話し合って計画を練って邪魔して殺して殺して殺し合う。そりゃあ地球も人類を滅ぼそうとするわ。

 更に主人公空々空くんの周りでは『味方殺しの英雄』と言われるぐらい人が死んでいく。話が進んでいくたび、彼が英雄に『選ばれた』のではなく、皆死んで誰もいないから英雄の『椅子に座るしかなかった』のだと分かる。

 人が死ぬのが面白いと言うつもりはない。しかし人が死にまくる話を書いている時の西尾維新ほど面白いものはないのも、また事実である。


 あと個人的な話だが、空々空くんがすごく魅力的なのである。まずショタというところが良い

 あまりにも魅力的だったので、悲鳴伝を読んだ当時の作品を見返してみると、大体が感情が死んでいるキャラばかりだった。感化されすぎだ。その感化された小説が『ヴぁんぷちゃんとゾンビくん』だ。絶賛発売中なので買ってね

 彼は感情が死んでいる上に、どうもこうも、ギャンブラー体質で、『生きようとしているはずなのに、人の命を危険にさらすような作戦も普通に考える癖に、一番危険なところにいるのはいつも彼』なのである。生きたがりの自殺志願者というか。恥ずかしながらも死に損じてきた。そんなやつなのだ。そんな彼だからこそ、英雄になれた。とも言えるが。

 そんなわけで、彼の人生は波乱万丈。そんな彼を語る英雄譚は面白いに決まっているだろう。


 そんな大長編もいつの間にやら十巻。悲終伝。名前の通り、最終巻。

 地球と相対する我らが英雄空々空。

 彼は一体、どうやって地球を倒すのだろうか――否、どうやって、戦争を終わらせてしまうのだろう。



 悲鳴伝から読み始めるそこのきみ。

 厚いからって手を離すなよ。読みやすいから、案外、一日二日で読めてしまうから。


 一つだけネタバレを言うならそうだ――英雄譚は、英雄の死によって、幕を閉じる。

サメとゾンビと空伏空人

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